イベント報告
Rota Friendship Coffee Project2013
2013年4月19日〜26日
ロタ・フレンドシップ・コーヒー・プロジェクト2013
 【ドラマチックなワイルドコーヒー】

4月19日(金)から26日(金)まで1週間、ロタ島へコーヒー農園を造りに行ってきました。

以前からロタ島のジャングルにひっそりと自生しているワイルドコーヒーに興味を持っていました。 これらのコーヒーは、 かつての日本統治時代(1914〜1945)に、ロタ島で暮らしていた日本人が栽培していたものです。

その後、太平洋戦争敗戦による日本人の引き揚げや米国自治領化という紆余曲折を経て、それでも尚、約70年もの長きに亘って ジャングルの中で野生化して、生き残っている神秘的なコーヒーの存在を知っていたからです。

こんな感動的でドラマチックな歴史を持ち、且つ、日本人と関係が深いロタ島のワイルドコーヒーを復活させ、かつてのように 表舞台に再登場させられないだろうか と漠然と考えていました。

 【思いがけない展開】

そんな下地があり、且つ、2011年から東京で急性リンパ性白血病の治療を続けていたマニエル君(ロタ島出身14歳)の 治療費を募金したことのお礼に、友人でもあり、 マニエル君の父でもあるジェームス・アタリックから彼が持つロタ島の土地約300坪を 譲り受けました。 昨夏のことです。

といっても、正確には55年間のリース契約です。マリアナの法律では、島の土地を外国人が購入できないからです。

これを機に、そこに小さいながらもKFCのコーヒー農場を造ろうと思い立ったわけです。もちろん、植え付けるコーヒーは ジャングルで生き残っているワイルドコーヒーから種を取り、それから育てた苗木です

 【手ごわそうな相手】

昨年11月に第19回ロタブルー・トライアスロン大会開催でロタへ行った時、現場を下見に行きました。

農園予定地には一面に背丈ほどに成長したサトウキビの 様なススキが生い茂り、ヤシの木の頭だけが5本ほど見えるだけの状態でした。我々の人力だけでやっつけるにはて手ごわそうな相手です。

まずは重機を入れたり、焼いたりして、一面のススキを取り除かなくてはどうにもならない状態でした。その時は前途多難に思え、 どうなる事かと思いました。でも、過去の経験から、気持ちのスイッチが入って、やり始めれば、何とかなるものです。

 【奇跡の進捗】

そこで、ランドオーナーのジェームス・アタリック・ファミリーやメルチオ・メンディオーラ市長、それにロタ島で唯一の コーヒー栽培の ノウハウを持つビアータ・カルボ等々の力を借りることにしました。

ビアータ・カルボは、昔から自分で飲むコーヒーを自宅の庭で栽培しています。もちろん、その豆は野生のコーヒーから 採ってきて、自宅の庭に植えたものです。

因みに、ビアータはロタ動物園のオーナーでもあり、東港近くでガソリンスタンドも経営しています。 また、古い友人のジェリー・カルボトミー・カルボの兄弟でもあります。

メンディオーラ市長も、かつて子供の頃に祖父の言いつけでファームにコーヒーの豆をよく摘みに言ったものだ、と話していました。 しかし、蜂に刺されるので嫌だったそうです。祖父が亡くなったので、その忌々しい木は切ってしまって、今はもう無いそうです。

ロタにはヘビなどの危険な動物はいませんが、ハチはいます。大西も作業中に蜂の巣を突っついてしまい、群れに襲われ、 腕と顔の2か所を同時に刺されました。

しかし、腫れも小さく、子供の頃からよく刺されているので大したことはないということがすぐに分かりました。 ミツバチ程度です。

彼らのお蔭で、我々が到着した時にはコーヒー農園予定地はすでに重機が入っており、その土地一面を覆っていたサトウキビの 様に大きいススキの親分は根こそぎ削り取られていました。運よく、役所が近くの道路を工事をしていたので、 その重機を持ってやったのでしょう。

チャモロ人(ロタ島民)は、役所も含めて、何事にも臨機応変に対応できる民族です。この点は日本より優れていと常々感じています。

重機の助けがあったので、我々は削り取られているススキを焼き、さらに、下草を刈り取るなど、 1週間という短期間で何とか農園らしく 整地することができました。

これは何事においても、のんびりしたロタ島では奇跡に近い出来事だと思います。20年間の付き合いもありますが、 前もっての根回しが如何に大切かを改めて認識しました。

 【南の島のゆる〜い日常】

ロタのコーヒーは6月頃に小さな白い花を付け、11〜12月頃に赤い実(コーヒー・チェリー)を付けます。この実の中にある種が コーヒーの豆という訳です。

昨年のトライアスロンの時(11月中旬)、ビアータに、翌年4月に植え付けに来るからコーヒーの苗木200本を育てておいて欲しいと 頼んでおきました。種を蒔くには、熟した実が必要で、いつでも植えることができるかと云うと、そうではありません。 年末頃がその時期なのです。

4月に訪ねてみると、案の定、希望通りにはことが進んでいませんでした。コーヒーの苗床には5〜10pほどの背丈のものしかありません。 これでは農園に 植えるには小さ過ぎます。のんびりした南の島ではよくあることで、こんなことは最初から織り込み済みです。それに、ビアータとの付き合いは、 この度が初めてということもあります。

ビアータの庭にすでに少し成長した木が4本あったので、とりあえずそれらを植えることにしました。 それでもコーヒー農園としての第一歩は踏み出 せます。今回の訪問目的は農場の整備と我々の本気度を示すことにありますから、問題なしです。

【フルーツ農園?】

敷地には、コーヒーの木の植え付け以外にも、元々あったヤシの木に加え、カラマンシー(シークワサー)、パパイヤ、サワサップ、 タンジェリン(ローカルみかん)などの種をまいてきました。

なぜなら、ロタでは日差しが強いため、コーヒーの木には日影が必要で、これらフルーツの木がコーヒーの木に日影を創り出してくれる からです。これならフルーツも実り、一石二鳥です。また、肝心のコーヒーの苗木は、今年中には50本くらいは植え付けしたい と思っています。

普段から地元青梅で力作業に慣れている我々KFCでもロタでの炎天下の作業は暑さが厳しく、朝夕しか作業はしませんでした。因みに、 炎天下の昼間はロタリゾートのプールやテテトビーチでオーバーヒートした体を冷やして、リラックスして過ごしました。ロタは静かで、 平和で、リラックスするのは本当にいい島です。

 【フレンドシップという名のコーヒー農園】

コーヒー農園の名称は「Japan-Rota / KFC Friendship Coffee Farm」に決めていました。看板は我がメンバーの原さんが三日三晩かけて 彫り上げてくれましたものを持っていきました。見事な出来栄えで、原さんの新しい才能を発見しました。

この名称が示すように、ビジネスを目的としたものではなく、 自分たちが飲むだけのコーヒーが収穫できればよいという気楽な、 遊びの一環としてのコーヒー農園です。しかし、遊びも、一生懸命になるとしんどいものです。

因みに、この度植えたコーヒーは全てアラビカ種です。ブラジルやコロンビアやジャマイカなどで主に生産されているのと 同じ品種です。

我々日本人が、小さいながらもコーヒー農園を持つなんて、1年前には想像すらできなかったことです。 人生、何が起こるか分からないものだ、と改めて認識しました。

 【最高の立地】

コーヒー農園の場所はロタ国際空港近くの観光スポット「バード・サンクチュアリー」の西側の高台に位置しています。

非常に風光明媚な場所で、 目の前には深いブルーの太平洋を望み、晴れた日には、水平線の向こうにはグアム島の島影を見ることができる最高の立地です。

電気も水道も前面道路まで来ているので、家を建てるにも最高の場所です。

特に夕方の風は気持ちよく、景色も良いので気持ちがいい。農園作業最後の日、ビアータ曰く 「今度はここでバーベキューをしよう!」

次回の訪問は11月の第20回ロタブルー・トライアスロン開催時の予定です。その間の草刈りなどの維持管理はビアータにお願いしてきました。 ビアータにはスイッチを入れておいたので、南の島のゆる〜い日常とは違って、農園の管理はしっかりとやってくれるはずです。

 【さて10年後は・・?】

我々の「Japan-Rota / KFC Friend Ship Coffee Farm」を機に、多くのロタ島民がコーヒー栽培を始め、将来、ロタ・ブランドの コーヒーがマリアナ諸島や日本だけでなく、世界中の人々に飲まれる日が来るかもしれません。

そして、ロタの一大産業になるかも・・・。その種だけは、今、しっかりと蒔いておきたいものです。

遠い夢物語かもしれませんが、一寸先のことは誰にも分からないものです。

【その7か月後、2013年11月】

2013年11月、第20回ロタブルー・トライアスロン開催のためロタを訪れた時のことです。ロタに到着した翌日と離れる前日の2日間を今年4月に作った ロタ・コーヒー農園(KFC Friendship Coffee Farm)の世話に 充てました。 敷地面積は約300坪です。この程度が、我々が無理なく世話のできる広さです。

その場所は高台にあり、眼下には海抜1万mのマリアナ海溝が横たわる濃いブルーの太平洋を臨むと云う最高のロケーションです。 条件が揃えば、遠くにグアム島を見ることができます。

この農園には約100本のコーヒーを 植えることができます。現在は30本ほど植わっています。年内に苗木に水を供給するための水道を引き、来年中には、さらに60本ほどを 植え増しする予定にしています。収穫は2年後くらいからぼちぼち始まると思います。

因みに、これらの苗木は、かつて、この島が日本の領土だった時代、ここへ移住して暮らしていた日本人が持ち込み、栽培していたものです。

それが太平洋戦争敗退で日本人が引き上げた後、野生化して、ロタのジャングルの中で60数年の長きをひっそり生き延びたものです。 このような壮絶なストーリーを持つコーヒー苗木なのです。だから、陽の目を見せてやりたいとも思っています。 いずれは参加賞として選手の皆さんにもお配りしたいと思っています。きっとロタの味?がして、美味しい と思います。種は世界で最もポピュラーなアラビカ種です。

また、この度、原さんが4月に作ってくれた農園の看板に、 鍛鉄文化の本場ヨーロッパでもそのセンスを認められている 西田光男さんがお洒落なコーヒーの 鍛鉄アート作品を持って来て、取り付けてくれました。

このコーヒー農園は自分たちが飲むためと、ロタ島民にちょっとした刺激を与えるキッカケにできれば、と考えています。もし、 我々のコーヒー農園で収穫したコーヒーをロタ空港でお土産として売ることができれば、それを機に他の農地でもコーヒーを 栽培する島民が 現れるはずです。

チャモロ人は元来“百聞は一見に如かず”の民族で、言葉の説明よりも、実際に見せれば、 放っておいても動く民族なのです。 これと云って産業のないロタ島。長引く経済不況に苦しむロタ島。そのロタ島がコーヒーのちょっとした産地になれば、しっかりした 経済基盤ができるのでは、と願っています。

かつて、ロタ島だけでなく北マリアナ諸島(サイパン・ロタ・テニアン)で日本人(企業)が成功した事例はほとんどありません。 投資家の間では「ビーチの白砂におカネが吸い込まれて行く」と言われているくらいです。

でも、 ほとんど資本を投下しない(と云うより、できない)我々KFCなら、何とかできるかも知れない、と思っています。 ダメ元で、ちょっと仕掛けてみようと思っています。捲土重来(けんどちょうらい)を願って。

【レポート・フォト】